導波"缶"アンテナ(cantenna)

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1 概要

導波管を用いたコンポーネントは同軸線路等と比較し挿入損失が低い等,高周波帯のアプリケーションにとって魅力的です. しかしながら導波管回路を作成するためには立体的な金属加工が必要であり,趣味の工作には若干ハードルが高くも見えます. 一方で私達の身の周りには金属(導体)でできた構造物が多々あります.電磁波の気持ちになってこれらの物体をよく見るとなんだか気持ち良く伝搬できそうな気がしてこないでしょうか?

ここではお家で導波管回路の実験をするため,その辺に転がっている既成の金属缶を使った同軸-導波管変換器,ホーンアンテナを設計,試作し評価します.

2 アンテナの設計,製作

まずは製作する回路の仕様を決定します. 今回は中心周波数を2.5 GHzとしたホーンアンテナを製作することにします(別件でこの周波数帯のアンテナが欲しかったので……).

使用周波数帯が決まったら次は要件を満たす缶を探しましょう. 円筒状の缶は円形導波管として動作します. 導波管はその形状及び寸法から決まる遮断周波数\(f_\mathrm{c}\)よりも低い周波数は伝搬できません. 従って使用周波数帯が円形導波管の遮断周波数1よりも高くなるように缶を選定する必要があります. 今回はトラスコ中山のTMC-90Dというブリキの丸缶を選定しました2. この缶は内径がおおよそ82 mmであり遮断周波数は2.15 GHzとなるので今回の仕様に丁度良い塩梅です.

次に同軸-導波管変換のためのプローブ部分を設計します. プローブは導波管の外壁を接地導体とした\(\lambda/4\)垂直接地アンテナとすれば良いです. 従って中心周波数2.5 GHzの場合,プローブの長さはおおよそ30 mmとなります. 実際には少し長めに作って後でVSWR等の測定結果を見ながら切り詰めて調節して行くと良いと思います. 今回はパネル取り付け用のSMAコネクタに真っ直ぐ伸ばしたスズメッキ線をはんだ付けして作成しました.

probe.png

次に作成したプローブを缶に取り付けます. プローブの取り付け位置は缶の底(短絡されてる側)から\(\lambda_\mathrm{g}/4\)離した点にします. 缶の底は短絡端であるため反射係数は\(\Gamma = -1\)となり位相が反転して反射します. しかし,プローブから端部まで\(\lambda_\mathrm{g}/4\),つまり往復すると半波長で位相が反転するためプローブのある点から見ると缶の底から帰ってくる反射波は同相に見えるのです3. ここで一つ注意点ですが\(\lambda_\mathrm{g}\)は管内波長4であり自由空間波長\(\lambda_\mathrm{g}\)とは異なります. 内径82 mmの円形導波管の場合2.5 GHzの管内波長はおおよそ234 mmとなるのでプローブ位置\(\lambda_\mathrm{g}/4\)は58.5 mmとなります(実際はキリの良い60 mmとかでもそこまで変わらないかも……). また,プローブから開口端までの長さは\(\lambda_\mathrm{g}/2\),つまり缶の全長が\(3\lambda_\mathrm{g}/4\)であると良いのですが既製品の缶を使う都合上これは妥協せざるを得ません. 今回は缶の全長が130 mmと理想よりも短くなっています.気になる場合は缶2つを繋ぎ合せたり缶を切り詰めたりすると良いと思いますがそこまでやるとお手軽感が減ってしまうかもしれませんね. ということで缶の底から60 mmくらいの所に穴を開けてプローブを固定します. ブリキは容易にはんだ付け可能ですが,今回使用した缶は表面処理されているので軽く紙やすり等で擦っておいた方がやりやすいかと思います.

set.jpg

3 測定,評価

アンテナができあがったので早速測定していきます. とりあえずVNAで\(S_{11}\)を測定しました.

horn.png

さて測定結果ですがリターンロスが9.6 dB5とあまり良くなく,また中心周波数も2.5 GHzから少しズレてしまっています. プローブの長さを調整すれば多少改善できるかと思いますが缶の全長を妥協しているのでまあこんな物かもしれません. また,今回は同軸-導波管変換器をぶったぎったものをそのままアンテナとして使用していますが一般的なホーンアンテナは導波管と空気のインピーダンス整合を取るため開口部がテーパー形状になっています. 測定しながら缶の開口部に良い感じに手をかざしてやるとリターンロスが改善されるのが確認できるかと思います.

ant2.png

次に簡易的にアンテナの利得を評価してみます. 本来は予め利得のわかっている基準アンテナを用いてサイトアッテネーションを校正した上で測定を行うのですが生憎そんな良いアンテナは持っていません(持ってたらわざわざアンテナを作りません). 基準アンテナが無い場合のアンテナ利得の測定方法として教科書等では3アンテナ法というものが紹介されているかと思いますが,アンテナを3つ用意するのは面倒です. 実際には送受信のアンテナの利得が同一であると仮定すればアンテナ2つだけでも利得の測定を行えます. 今回は同じ設計のアンテナを2つ作ったのでこの2つを対向させて利得の評価を行います.

10cm.png

さて,アンテナの放射特性を測定する際にはアンテナから放射される電磁界が遠方界とみなせるよう送受信アンテナ間を十分(一般的には3 mとか)離す必要があります. が,ここでは部屋の広さや手元にあるケーブルの長さ等の制約でアンテナ間距離を10 cmとしました. このときのアンテナ間の伝送特性は次のようになります.

tr.png

アンテナ間を10 cm離した際の\(S_{21}\)は最大で-6.949 dBとなっています. 基準アンテナが無く自宅のサイトアッテネーションを評価することはできないので,部屋が自由空間であると仮定すると2.5 GHz,10 cmのときの伝搬損失はおおよそ20.4 dB6となります. 従って \[G_\mathrm{t}+G_\mathrm{r}-20.4 = -6.949\] であり\(G_\mathrm{t}=G_\mathrm{r}\)とするとアンテナ利得は約6.7 dBとなります. ただしアンテナ間距離が10 cmと短く,部屋の机や周囲の壁などの影響が大きいことを考えるとどこまで信じて良いのかは謎です.

アンテナを作ったら利得だけでなく指向特性も見ておきたいものです. しかし自宅での2アンテナ10 cm法ではアンテナ間距離が十分で無い,机や壁など周囲の環境の影響が大きい,そもそもアンテナの使用周波数帯である2.5 GHz周辺の電波が飛び交っているなどまともな測定は困難です. とはいえ個人宅に3 m取れる電波暗室を作るのもハードルが高いため外部の電波暗室,測定機器を借りて測定を行うことにしました. 電波暗室を貸し切るとなるとそれはそれでハードルが高いような気もしますが, 世の中には自前で高度な実験設備を備えることが困難な中小企業の技術開発を支えるための公設試験研究機関(公設試7)と呼ばれる施設があり比較的お手頃価格8で試験を行うことができます. というわけで測定した放射パターンはこうなります.

EH.png

測定結果から最大放射利得は6.95 dBであり,自宅で10 cm法で測った結果もあながち間違いでは無さそうです. また,交差偏波での利得は以下のようになります.

cross.png

自宅での10 cm法では送受信の偏波面を交差させた際の利得低下は数dB程度であり交差偏波識別度(XPD)があまり高くないように見えましたがこの結果からはXPDが22 dB程度取れていることが確認できます. やはり自宅は自由空間では無いので周辺からの回り込み等の影響が大きいのかもしれませんね.

4 まとめ

既製品の缶を使った導波管アンテナを設計,試作しました. 缶に穴を開ける必要はあるもののマシニングセンタ等による立体的な金属加工が必要なホーンアンテナ等と比べるとかなりお手軽に製作できるかと思います.

試作したアンテナの特性を測定し最大利得6.95 dB,交差偏波識別度22 dBと,まずまずの仕上りを確認することができました. また自宅環境下でのアンテナ利得の測定法を検討し2アンテナ10 cm法での測定を行ったところ試験機関での測定結果と比較し0.25 dB差(真数だと5%程度)と比較的良好な結果を得ることができました. この2アンテナ10 cm法による測定は交差偏波については周辺環境の影響が大きいと考えられるものの, アンテナの利得に関しては自宅等での簡易的なアンテナ特性の評価には十分な精度を得られるかと思います.

Footnotes:

1

円形導波管の遮断周波数についてはこ↑こ↓を見てね.

2

その辺に転がっている奴では無くてわざわざ購入しています.すまんこ……

3

\(\Gamma(l) = \Gamma_0 e^{\mathrm{j}2\beta l}\)で\(\beta l = \frac{\pi}{2}\)だから……って見方もできる.

4

円形導波管の管内波長についてもこ↑こ↓を見てね.

5

VSWRだとだいたい2くらいです.詳しくはリターンロスとVSWRを見てね.

6

なんでそうなるかは自由空間基本伝搬損失とフリスの伝達公式を見てね.

7

規模や設備は様々ですがどこの都道府県にも産業技術研究センターや工業試験所といった名称の施設があるかと思います.

8

電波暗室を貸し切り,準ミリ波まで使えるVNAとターンテーブルや基準アンテナといった測定設備を借りてさらには職員の方に付きっ切りで手伝って貰って7k円くらいで測定できました.半日単位で借りて複数の測定対象を持ち込むと単価はもっと安くなると思います.

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