中華PTFE基板の試食

Table of Contents

1. 概要

最近巷で出回ってきた,中国メーカー製の安い高周波向け基板材料を試してみたのでレポートします.

2. PTFE基板とは

現在,電子機器のプリント基板材料として最も一般的に使われているのはやはりFR-41のようなガラス繊維+エポキシ材料(所謂ガラエポ)でしょう. FR-4系基板はTgが高く(耐熱性に優れている),また熱膨張率が低く丈夫で機械的特性にも優れています. 一方でFR-4は比誘電率の安定性が低い2,誘電正接が高いといった問題があるため,誘電率によって特性が大きく左右され,あるいは誘電体損が気になってくるような高周波回路にはあまり適していません.

そのため数GHzを越えるような高い周波数の信号を扱う回路では一般的なFR-4では無く,高周波向けに開発された基板材料を用いるのが一般的です. 高周波向けの基板材料としては例えばガラスクロスと謎の樹脂からなるPanasonicのMEGTRONシリーズやセラミックフィラーが入っているRogersのRO4000シリーズなどが有名です. これらの材料はFR-4とあまり変らない加工性を保ったまま電気特性の安定性,低誘電率,低誘電正接を実現しています. 実際に自分も数GHzを越えるような周波数帯での製作ではMEGTRON6や73といった基板を用いています.

近年はこのような高周波向けの材料が各社から販売されており,通信機器等に広く用いられています. しかしミリ波など,更に高い周波数ではこれらの材料でも誘電損失を無視できなくなってきます. このような用途ではPTFE(Polytetrafluoroethylene)を用いた基板が用いられています. PTFEは一般的にはテフロンの商品名で知られる材料です. テフロンといえばフライパンのコーティングなど低摩擦性や非粘着性などが有名ですが,それだけでなく高い絶縁性と低い誘電率,誘電正接も兼ね備えているのです. 実際にPTFE基板として有名なRogersのRT/duroid 5880は誘電正接が0.0009@10 GHzとなっており,MEGTRON7が0.0027,FR-4系材料では0.02程度であることを考えると頭一つ以上飛び抜けています. しかしPTFE基板はその値段も頭一つ飛び抜けており,更にPTFEの特徴である非粘着性などから加工性が悪いため基板の製造コストも跳ね上がってしまいます.

3. 中華PTFE基板

高周波向けの基板メーカーといえばRogersやTACONIC,国内だとPanasonicや利昌工業(これらは非PTFE系),そしてPTFE系材料を製造している日本ピラー工業などのメーカーが有名です. FR-4と比べてこれらの基板は価格が高く,品質への要求も高く,利用する機会も限られているため実績のあるこれら有名どころの材料を用いる場合が多いかと思います.

しかしながら,これらのメーカー以外にも例えば中国のメーカーなどが高周波向けの材料を開発,製造していたりもします. 日本ではあまり使っている人がおらず,その実体は謎に包まれていますが,これらの材料はRogers等の材料と比べて遥に低価格でありとても魅力的です. そこで今回,中国の中英科技(Changzhou Zhongying Science&Technology)というメーカーのPTFE基板ZYF-CAシリーズを実際に使用してみたのでその検証結果について報告します. もしこれを見て,(Rogersでは無い)中国製の材料でも意外と行けるんじゃね?と思った方は是非一度試してみてください. そして試した結果などがあれば結果を教えていただけるとデータが蓄積されていくのでありがたいです4. また,同社は今回試用したセラミックフィラー入りのZYF-CAシリーズだけでなくガラスクロスのみのZYF-Dシリーズもラインナップしています. こちらの方がより低誘電率,低誘電正接かと思いますのでそちらを試された方も情報を頂けると幸いです.

4. 試作と検証

基板の特性を知るにはやはりサンプルを用意して何かしらの方法で比誘電率や誘電正接を直接測定するのが一番かと思います. しかし手元には空洞共振器だったりなんだったりと言った測定装置,環境はありません. そこで今回はDUTとして複数のフィルタを設計し,電磁界シミュレーションによるフィルタの特性と,実際に中華PTFE基板を用いて試作したフィルタの実測結果を比較することで材料特性を見ていきたいと思います.

ここではサンプルとして別の記事で紹介した5.7 GHz帯用のトランスバータ基板上に載せているLPFとBPFを用いました. この回路はJLCPCBに製造を外注し,先述した中英科技のZYF300CA-Pという基板を用いて作成しています. ZYF300CA-Pはセラミックフィラー入りのガラスクロス+PTFE基板であり,10 GHzにおいて比誘電率が3.0±0.05,誘電正接が0.0018となっています5. この基板諸元をもとに電磁界シミュレータ(Sonnet)を用いてシミュレーションを行った結果と実測結果を比較していきます.

4.1. LPF

まず,以下のように基板をバラして平面フィルタ部分のみを取り出しました.

cutout.jpg

切り出したフィルタ部分にSMAコネクタを取り付け,以下のように測定を行います. 写真を見てわかるかと思いますがコネクタの実装などを考えると今回の検証は割とガバです.

lpf.jpg

電磁界シミュレーションの結果(濃色系)と実測した特性(淡色系)を以下に示します. 測定器の都合上,実測データは6 GHzまでとなっており,LPFの阻止域が見えていません(くりかえしますが,今回の検証は割とガバです)が,比較的シミュレーションに近い特性が得られているように思えます. 特に注目して欲しいポイントが2点あります. 1つ目はまず通過特性(S21)です.実測と電磁界シミュレーション結果の両者の線が概形,レベルともに,低域側から高域側までよく一致していることが確認できます. 特に6 GHz付近で利得が落ちはじめるあたりの特性が良く一致していることからも,損失の見積りがかなり正確(誘電正接がカタログスペックに近い)のでは無いかと考えられます. 次に2 GHz付近にある反射零点に注目してください. この反射零点(もっとも谷が落ち込んでいる点)の周波数は電磁界シミュレーションの結果と比べて実測が4 %程度低くなっています. この周波数のズレは基板の誘電率のズレによるものだと考えられます.カタログ上の比誘電率の誤差から計算できる周波数のズレは最大でも1 %以下であることを考えると今回の結果は微妙かもしれません. しかしながらカタログ上の比誘電率は10 GHzにおける値であり,この点は2 GHz付近とかなり低い周波数であることを考えると,実測の方が周波数が下に出る(つまりカタログ値より誘電率が高い)という結果はそこそこ妥当かと思います.

lpf.png

4.2. BPF

同じようにBPFについても切り出し,コネクタを付けて特性を測定しました. 写真からわかるかと思いますがさきほどのLPFよりも更にガバさが際立っています.

bpf.jpg

このときの電磁界シミュレーションと測定結果は以下の通りです6. まず一つ言えるのは先程のLPFの結果と異なり,シミュレーションと実測で利得が大きく異なっている点です. しかし,LPFの結果を見るかぎりでは基板(誘電体)の損失に関する見積りは妥当に思えます. 現時点では想像にすぎませんがこの損失の要因は共振器の放射によるものでは無いかと考えています. 次に特徴的な点として通過域中の5.8 GHz付近にある反射零点が挙げられます. グラフからもこの点の周波数がよく一致していることが見てとれるかと思いますが,実際にこの点の周波数誤差率は0.07 %程度であり実測とシミュレーションがほぼ一致していると言えます. LPFの場合の2 GHz付近の反射零点で周波数が5 %程度ズレていた件について誘電率の周波数依存性によるものでは無いかと考察しましたが,この高域側ではほぼ周波数誤差が無いという結果からもその考察は妥当であると思います.

bpf2.png

5. まとめ

非常にラフな検証ではありますが,電磁界シミュレーションと実測の特徴点の一致などから今回試用したZYF300CA-Pは概ねカタログ通りのスペックを発揮できているように思えます. (某国内大手のMEGTR○Nなどでも作って測定してみるとデータシート上の誘電率とはかなり結果が違って見えることがあり,今回もある程度はズレてくるだろうなと思っていたのですが流石PTFEというだけあってかなり安定していますね.) とはいえちゃんとした(?)製品などに使うにはまだまだデータが足りていないと思いますので今後も情報を追加していければと思います. 最後になりますが,この検証結果やグラフを見て,意外と行けそうじゃんって思ったそこの貴方!是非中華PTFE基板を試用してレポートをください.データの足しになります.

Footnotes:

1

FR-4は基板の耐火性グレードを示すもので,材料の名称では無い.(FR-5とかもある)

2

FR-4系材料の誘電率安定性については平面アンテナに関する記事のなかで検証しています.

3

0.3 mm厚のMEGTRON6(R-5775KH)は秋月で切り売りしています.結構重宝しているのですがこのサイトにはあまり作例を載せていませんね……

4

このページにも情報を追加していきたいので,ご協力いただける方はメール(giken@ushi.ml)かTwitter(@Kumagoro_Ushi)までご連絡ください.

5

カタログスペックで言うとRogersのRO4000系よりも性能が優れています.それでいて製造コストはRO4350Bの半額以下(100 mm四方の両面基板を5枚で$50程度)と格安です.

6

トランスバータの記事の方で出していた設計結果と特性が異なっています.向こうの記事では設計時のシミュレーション時間を短縮するため,セルサイズを限界まで粗く(アスペクト比が1:20とかになっている)していたのに対して,ちゃんと細かくセルを切り直したためです(その結果あまりフィルタの特性が良くなさそうだということが判明したが時すでに遅し).

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