20 dB方向性結合器の試作

Table of Contents

1 概要

高周波の測定などに用いられる方向性結合器を設計,試作しました

1.1 方向性結合器とは

方向性結合器とは4ポートのデバイスであり,下図に示すように伝送線路上に挿入することで線路を特定の方向に伝搬する信号の一部を別のポートに取り出すことができます.

dc.png

例えばポート1からポート2に向けて信号を入力した場合ポート3からは進行波に比例した出力,ポート4からは反射波に比例した出力が得られます. このように方向性結合器を用いることで伝送線路上の進行波と反射波を分離して測定することができ,またその比を取ることで負荷の反射係数を知ることができます. そのため方向性結合器は無線機とアンテナ間に挿入する通過型電力計やSWR計など高周波測定器に広く用いられています.

1.2 方向性結合器の評価指標

ポート1から信号を入力した場合ポート2が信号の通過するThruポート,ポート3が信号の一部が出力されるCoupledポート,ポート4が信号の出力されないIsolatedポートとなります.

入力した電力\(P_1\)とCoupledポートに出力される電力\(P_3\)の比を結合度と呼び\(C = -10\log\frac{P_3}{P_1}\)と表わします. 入力した電力のうちThruポートに通過する電力の割合を挿入損失と呼び\(\mathrm{IL} = -10\log\frac{P_2}{P_1}\)と表します. 損失を考えなければ結合度が3 dBのときは挿入損失も3 dBとなりポート3に出力される電力とポート2に通過する電力が1:1となります.

また,Thruポートが終端されており反射が無い場合,理想的にはIsolatedポートには電力が現れません. しかしながら実際にはポート1からポート4へいくらか電力が漏れます.この比をアイソレーション\(I = -10\log\frac{P_4}{P_1}\)と呼びます. またアイソレーションに対する結合度の比(利得差)を方向性\(D = I-C\)と呼びます. 方向性が低いと進行波と反射波を分離できないため方向性\(D\)は方向性結合器の性能を示す指標として重要です.

ポート1から信号を入力した場合,結合\(C\),挿入損失\(\mathrm{IL}\),アイソレーション\(I\)はそれぞれ\(S_{31}, S_{21}, S_{41}\)と対応します.

2 設計と製作

2.1 方向性結合器の設計

今回は動作中心周波数を2,450 MHzとし,結合度\(C\)を20 dBとした方向性結合器を設計することとしました. 方向性結合器の構成方法として集中定数を用いた回路構成等もありますがここではマイクロストリップ線路を用いたエッジ結合により実現しました.

結合度\(C\)と各ポートのインピーダンス\(Z_0 = 50\ \Omega\)から結合線路の偶モード,奇モードインピーダンス\(Z_\mathrm{e},Z_\mathrm{o}\)を求め(→結合線路のインピーダンス)回路シミュレータ(QucsStudio 4.2.21)で検証を行います. この段階では理想結合線路を用いているため\(S_{11}, S_{41}\)は見えません.動作中心周波数において\(|S_{31}|\)が設計通り20 dBとなっていることが確認できました.

ideal.png

理想結合線路による動作確認ができたら実際の回路パターンを設計していきます. マイクロストリップ結合線路であればQucsStudioに付属しているツールのTransmission Line Calculatorで合成できます. このときマイクロストリップ結合線路では偶モードと奇モードで伝搬定数が異なりますがここではそこまで厳密で無くだいたい\(1/4\lambda\)くらいになっていれば良いので適当に間を取って設定しています. 今回はパナソニックのFR-4基板,R1705(\(h=0.8\ \mathrm{mm},\ t=0.018\ \mathrm{mm},\ \varepsilon_\mathrm{r} = 4.7(@1\ \mathrm{MHz}),\ \tan\delta=0.015(@1\ \mathrm{MHz})\))を使用しました. 実際に使用する周波数帯では誘電率はもっと下がり\(\tan\delta\)も悪化するとは思うのですが高周波向けの基板では無くデータシートに周波数特性の記載が無かったため1 MHzにおける値を採用し設計していきます. 理想結合線路の場合と異なり\(S_{11}\)や\(S_{41}\)が見えてきます. リターンロスはおおよそ40 dB以下に抑えられておりまだまだ余裕がありそうですがアイソレーションがかなり悪く,このままでは方向性が10 dBを下回りそうです……がここはひとまずこのままで先に進みます.

msl.png

これで方向性結合器の心臓部であるマイクロストリップ結合線路の設計ができました.しかし実際に方向性結合器として用いるには給電線が必要です. そこで平面電磁界シミュレータ(Sonnet 18.53-Lite2, 3)を用いて給電線込みの回路を作成しシミュレーションを行いました. 結果として回路シミュレーションで決定した線路間隔では結合度が設計値の20 dBよりも弱くなってしまうことが確認できたためパラメータのチューニングを行い,最終的に線路幅\(w=1.4\ \mathrm{mm}\),線路間隔\(s=0.7\ \mathrm{mm}\)に落ち着きました.

sonnet.png

2.2 回路の試作

電磁界シミュレーションモデルを元にDXFを吐き出し,加工機で基板の加工を行いました. また,回路シミュレーションの段階からアイソレーションが良くないことが確認できていたので同時にアルミ合金(A2017)削り出しの筐体を設計し加工しました.

part.jpg comp.jpg

3 測定と評価

3.1 実測

VNAを使って方向性結合器の特性を測定します. 今回製作した方向性結合器は4ポートの回路ですがさめず技研にはフル2ポートのVNAしかありません. そのためVNAのポート2側を適宜繋ぎ変え,測定器の接続されていないポートは50 Ωで終端することで各特性を別々に測定します. このようにして得られた測定結果は以下のようになります. この結果から動作中心周波数における結合度がおよそ24 dBと設計よりも弱くなってしまっており,結果として方向性が6 dB程度となっていることが確認できます. またリターンロスが14 dB(VSWR 1.5)程度となっておりややマッチングが取れていないような印象があります.

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3.2 シミュレーションとの比較

測定結果を見る限りやはり設計段階でのシミュレーションと比べ全体的に特性が悪化しているようです. この原因の一つとして加工機の精度によるものが考えられます. マイクロスコープを使って作成した線路の寸法を測定したところ設計値が幅1.4 mm/ギャップ0.7 mmのところ実際にはおよそ1.1 mm/1.0 mmとなっており加工のスピンドルが0.3 mmほど振れている可能性が濃厚です.

ls.png

そこで線路幅を実機に合わせたモデルを元にシミュレーションを行い実測値および設計モデルとの比較を行いました. ここまでの設計ではQucs StudioとSonnet Liteを用いてマイクロストリップによる平面回路ベースでシミュレーションを行ってきましたが3次元電磁界シミュレータ(Ansys Electronics Desktop 2020R2 HFSS)を試用できる機会があったためでコネクタ,筐体込みのフルモデルを作成します.

full.png

以下にシミュレーションおよび実測による方向性結合器の周波数特性を示します. 再現モデルによるシミュレーション結果(実線),実測値(破線),設計値によるシミュレーション結果(一点鎖線)を比較すると低域側,特に動作中心周波数の近傍では再現モデルと実測値がよく一致していることが確認できます. 一方で高域側を見ると実測値は再現モデルよりも設計モデルに近い挙動を取っています.これはシミュレーションでは考慮していない基板の誘電率の周波数依存性(\(\varepsilon_\mathrm{r} = 4.7@1\ \mathrm{MHz}\)を採用しているが実際は高域側ではもっと小さい値になる)によるものだと考えます. 気になる人は文献等を調べてください.

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4 まとめ

無線機器や高周波の測定に用いられるコンポーネントである方向性結合器を設計試作し評価しました. やはり設計値と比べると実測の特性は悪化してしまいましたがまずまずの性能は得られたと思います.

Footnotes:

1

高周波に強いフリーの回路シミュレータ

2

実はQucsStudioにも平面電磁界シミュレーションができるのだが給電ポートに制約があったり,-50 dB下回るあたりから上手く計算できていない気がするなどまだまだ荒削り感があるので餅は餅屋に頼った方がいいと思う

3

Ver 18系になってだいぶインターフェイスが変わった,無償版のLiteでもDXF Exportできたり解析メモリが64 MBまで使えるなど旧来のLite Plus相当になっているので古いバージョンを使っている人は更新すべし

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