DSB-WC方式AM送受信機の製作
1. はじめに
みなさんAMラジオ聞いていますか?僕等が生まれてくるずっとずっと前には『初歩のラジオ』や『無線と実験』などラジオの製作をテーマにした様々な書籍などが出版されており, 老若男女が挙ってラジオを製作していたと聞きます. しかしながら今となってはラジオを作る機会などあまり無く,かくいう私もよく考えたらあまり真面目に実用性のあるラジオを設計製作したことが無い気がします. 最近,数十GHz帯などのそれなりに高い周波数の回路ばかり作っており,たまにはもっと低周波な回路を手掛けたいなということで周波数1 MHz程度のAMラジオを作ってみようと思い立ちました.
また,昨今もはやラジオはwebで聞くものというような時代になっていますので,今後AMラジオが停波したとてちゃんと(?)使えるように送信機側も一緒に作ることにしました. 令和の時代,ラジオを作るといえばディジタル信号処理を用いたSDR(Software Defined Radio)がメジャーかと思いますが,変復調をソフトウェア化したとしてもアナログのフロントエンドが不要になることはありません. ここでは温故知新ということでトラディショナルかつシンプルなアナログ回路による送受信機を製作します.
※この記事は高校生あたりに無線通信とアナログ回路に興味を持ってもらおう(そして電気電子の道に進んでもらおう)的な趣旨で企画,製作した教材をweb向けに再編したものです.過度な期待はしないでください.
2. 原理編
ここではアナログ無線通信の基礎となる変復調についてAM(振幅変調)を中心に説明します. 実際の回路とかの方に興味がある方は製作編まで飛んでください.
2.1. 波と変調
(多くの場合)無線通信では電波1と呼ばれる波を使って情報をやりとりしています.
しかし,ただ単に電波を出しっぱなしにしているだけでは,相手方にはただそこに電波が出ているということしか伝わりません. 音声や文章,画像などの情報を相手に伝えるためには,何らかの方法で伝えたい情報を電波に載せる必要があります. この,波に情報を乗せることを"変調"と言います. では具体的にどのように変調を行うのでしょうか?
ご存じの通り2,単一の周波数の波(正弦波3)は以下のような式で表現できます. \[v(t) = A\cos(2\pi f t+\phi)\] ここで\(A\)は波の振幅,\(f\)は周波数,\(\phi\)は(初期)位相と呼ばれるパラメータです. ここからもわかる通り,波というのはこの3つのパラメータの組み合わせで形が決まります.
逆にいうと波に情報を乗せ,波の形を変化させたい場合はこの振幅,周波数,位相のどれか(あるいはその組み合わせ)をいじる以外にありません. このとき,伝えたい情報によって振幅を変化させれば振幅変調,周波数を変化させれば周波数変調…… というように変調方式に名前を付けることができます.
また同じ振幅変調のなかまでも,振幅をどのように変化させるかによって更に細かく分類をすることができます.
2.2. 振幅変調のなかまたち
AM(Amplitude Modulation)ラジオはその名の通り振幅変調によって電波に音声信号を載せています. しかし単に振幅変調と言っても,その振幅の変化のさせかたによっていくつかのバリエーションが考えられます. ここではアナログ振幅変調の代表的な方式について説明します.
2.2.1. DSB-SC方式
情報を載せる前の素の波を搬送波(被変調波 carrier),音声など電波に載せたい信号を変調信号(modulating signal4)と呼ぶことにします. このとき周波数\(f_\mathrm{c}\)の搬送波\(v_\mathrm{c}(t) = A\cos(2\pi f_\mathrm{c}t)\)に,周波数\(f_\mathrm{s} (\ll f_\mathrm{c})\)の変調信号\(v_\mathrm{s} = \sin(2\pi f_\mathrm{s}t)\)を乗せたいとしたらどうすれば良いでしょうか? 振幅変調として最もシンプルに思い付くのは搬送波の振幅\(A\)を変調信号\(v_\mathrm{s}\)で置き換える方法だと思います. この信号は時間領域では以下のような波形になります.
搬送波の振幅の包絡線が変調信号によって変化していることがよくわかると思います. では,この信号(変調された波なので変調波と呼ぶ)\(v_\mathrm{m}(t)\)の周波数成分はどうなるでしょうか?この信号を数式で表わすと以下のように書け,三角関数の積和の公式から,2つの三角関数の和(差)に書き換えられることがわかります.
\begin{align*} v_\mathrm{m}(t) &= v_\mathrm{s}(t)\cos(2\pi f_\mathrm{c}t)\nonumber\\ &= \sin(2\pi f_\mathrm{s}t)\cos(2\pi f_\mathrm{c}t)\nonumber\\ &= \frac{1}{2}[\sin(2\pi(f_\mathrm{c}+f_\mathrm{s})t)-\sin(2\pi(f_\mathrm{c}-f_\mathrm{s})t)]\nonumber \end{align*}
つまり,もともとは\(f_\mathrm{s}\)と\(f_\mathrm{c}\)という周波数の2つの信号が振幅変調により, \(f_\mathrm{c}+f_\mathrm{s}\)と\(f_\mathrm{c}+f_\mathrm{s}\)の2つの周波数成分を持つ信号に変化します. このように,変調により,元々あった搬送波\(f_\mathrm{c}\)の成分がいなくなり(suppressed carrier),かわりに両側(dual)に新たな周波数の信号(側波帯 side-band)が発生することから, この変調方式のことをDSB-SC(dual side-band suppressed carrier)方式と呼びます.
2.2.2. SSB-SC方式
さて,上記のようにDSB-SC方式の変調波は搬送波周波数と変調信号の周波数の和と差に相当する2つの周波数成分からなります. このうち,搬送波より周波数の高い側を上側波帯(USB: upper side band),低い側を下側波帯(LSB: lower side band)と呼びます. しかし,この2つの周波数成分が持つ情報は同じであるため,変調信号の情報を伝えるという点ではどちらか一方のみあれば十分であり,2周波数成分を送るとなると電力や周波数帯域の無駄遣いとなります. そこで,2周波数のうち片方の成分を除去し,一方の周波数成分のみを通信に用いるのがSSB-SC(single side-band suppressed carrier)方式です. SSB-SC方式は占有周波数帯域が狭いという利点からアマチュア無線など短波帯の電話やFAX,狭帯域ディジタル通信などに使われています.
DSB-SC信号に対して以下のように狭帯域のフィルタで片方の側波帯のみを取り出したり,
信号を90度位相する回路(PSN: phase shift network)や90度ハイブリッドなどを用いることでSSB-SC信号を生成することができます.
しかし,BPFで帯域を除去する場合,フィルタの性能によりサイドバンドの漏れが生じたり,PSNや90度ハイブリッドでは広帯域に均一な90度位相差を設けることは難しく, 最近はディジタル信号処理によってSSB信号を生成する場合が多いかと思います(そもそもSSB信号を用いることは多くないか……).
2.2.3. DSB-WC方式
DSB-SC方式では搬送波の振幅\(A\)をそのまま変調信号\(v_\mathrm{s}(t)\)としていました. ではここで振幅を\(A = \frac{1}{2}(1+v_\mathrm{s}(t))\)としたらどうでしょう. この場合,変調波\(v_\mathrm{m}(t)\)は
\begin{align*} v_\mathrm{m}(t) &= \frac{1}{2}(1+v_\mathrm{s}(t))\cos(2\pi f_\mathrm{c}t)\nonumber\\ &= \frac{1}{2}\cos(2\pi f_\mathrm{c}t)+\frac{1}{4}[\sin(2\pi(f_\mathrm{c}+f_\mathrm{s})t)-\sin(2\pi(f_\mathrm{c}-f_\mathrm{s})t)]\nonumber \end{align*}となり,時間領域,周波数領域の波形はそれぞれ以下のようになります.
このように搬送波が抑圧されずに残るため,この方式をDSB-WC(dual side-band with carrier)と呼びます. DSB-WCは変復調回路がシンプルな構成(製作編で説明)で実現できるため,古くからAMラジオ放送などに用いられています. 今回製作した送受信機もAMラジオ放送と互換性のあるDSB-WC方式です.
3. 製作編
3.1. 送信機の設計製作
今回製作した送信機は以下のように3つのブロックから構成されます.
以下に各ブロックの動作について説明します.
3.1.1. 発振回路
この部分はバイポーラトランジスタによる増幅回路とC-L-Cのπ型回路による帰還回路を組み合わせた発振回路になっています. このようにπ型のC-L-Cで帰還する発振回路をコルピッツ発振回路と呼びます.
ここではコルピッツ発振回路の詳しい動作原理は省きますが,この回路では\(\omega = \sqrt{\frac{2C}{LC^2}}\)のとき位相条件を満足し,発振します. 今回は家にあった部品の組み合わせより,\(L=47\ \mathrm{\mu H},\ C=680\ \mathrm{pF}\)としたので,発振周波数はおおよそ1260 kHzとなります. 実際に試作した回路の発振スペクトルは以下のようになっており,トランジスタ等の寄生容量や各素子の誤差により,やや低域側にズレます5.
3.1.2. AF(Audio Frequency)増幅回路
AM変調を行う場合,一般的には変調トランスと呼ばれる回路を用いて後段のトランジスタのコレクタ電源\(V_\mathrm{CC}\)を振ります. このような方式をコレクタ変調と呼びます. しかし,今時トランスなぞ使いたくないため,電池からの電源をトランスで振るのでは無く,オーディオアンプICであるLM386を用いて\(\frac{1}{2}V_\mathrm{CC}\)を中心とした信号波形を生成します. LM386は電源電圧の最小値が4 Vとなっていますが,家にあったNJM386BDは乾電池2本の3 Vでも十分動作しました6. 今時と言ったものの,このトランスレスなコレクタ変調の回路構成は1970年代に提案された7ものです. また,この回路はマイクのプリアンプを兼ねており,ゲインを調整できるように設計しました.
3.1.3. 変調,RF(Radio Frequency)増幅回路
変調回路ではコレクタに先程のLM386からの信号を, ベースに発振回路からの搬送波を入力します.
この回路ではコレクタ電源が変動することで\(V_\mathrm{CE}\)が変動し,負荷線が動くことでベースに入力された信号が振幅変調されます.
また,コレクタ負荷としてバーアンテナの1次側を用いて,2次側にはキャパシタを装荷し共振状態にしています. このようにトランスで出力を取り出しているのでバーアンテナ2次側の共振回路には交流電流のみ流れ,誘導磁界が空間に放射されます. バーアンテナから出る誘導磁界は距離2乗で減衰していくのであまり距離は飛びませんが,飛びすぎると法に触れるのでこのくらいがちょうど良いかなとも思います.
3.2. 受信機の設計製作
受信機側も送信機と同じように3ブロック構成となっています. この受信機では受信した信号を直接,音声信号へ復調(検波)するストレート方式を採用しています. また,高周波側と低周波側に1段ずつ増幅回路を設けた構成としており,昔風の言いかたをするならば高1低1ストレートラジオということになります.
3.2.1. RF増幅回路
受信機のアンテナ部ではバーアンテナの2次側に可変キャパシタ(バリコン)を接続してLC共振回路(同調回路)を構成しています. このとき,2次側の両端が最も電圧が高くなります. しかし後段のRF増幅回路はあまり入力インピーダンスが高くないため,これを直接共振回路に接続してしまうと共振回路のQ値が下がり,結果としてバーアンテナから取り出せる電圧が下がり,また選択度が下がってしまいます. そのためここではバーアンテナの一次側に後段の増幅回路を接続するようにしています. また,増幅回路は単純な自己バイアス構成のエミッタ接地増幅回路となっています. ここではAitend○で10個39円と脅威の安売りをしていた2SC3355を用いています.しかし,これは足の配列がECBとなっており(本当はBECのはず)偽物な気がしています……
3.2.2. 検波回路
DSB-WC方式では変調波を半波整流することで,包絡線としてもとの変調信号を取り出すことができます. ここではトラディショナルな点接触ダイオードの1N60を用いて整流した後,RC回路で平滑化して音声信号を取り出しています.
3.2.3. AF増幅回路
取り出した音声信号をトランジスタで増幅します. 最初は送信機の側と同じLM386を用いてスピーカーを駆動するつもりだったのですが,電池2本(3 V)ではやはり実力を発揮できず,あまり大きな音を鳴らすことができませんでした. ということで時代に逆行するようではありますが,アウトプットトランスを使ったトラディショナルな回路構成としました. このような用途では山水のST-32が有名かと思いますが,結構良い値段がするので巻数比に互換性のある中国製のAT403-2というものを使いました.
3.3. 動作確認と実験
3.3.1. とりあえず動かしてみる
上記の回路をユニバーサル基板に実装して動かしてみます. AMラジオは周波数が1 MHz程度,真空中の波長で言うと数百mくらいとだいぶ周波数が低いため,数十mm角の基板ならあまり細かいことを気にせず回路図通りに線を繋げばokです. 実際に送信機にスマホから音楽を入力し,受信機で受信してみました.
送信側と受信側のバーアンテナを近付けると音量が大きく,遠ざけると急激に音量が小さくなることがわかります. バーアンテナから放射されている誘導磁界は距離の2乗で減衰(電力の次元では-4乗)するため,ある程度距離を離すとほぼ受信できなくなります. また,バーアンテナの指向性より,送受信アンテナを直交するように配置すると信号を受信できなくなることも確認できます.
3.3.2. 変調波形と周波数スペクトル
今度は動作がわかりやすいように音楽では無く,5 kHzの正弦波を入力しました. このとき送信機のバーアンテナ2次側での信号をオシロスコープで観察すると以下のような波形が見えます8.
原理編で示したDSB-WCの信号と比べると包絡線の節の部分があまりくびれていないことがわかります. このような状態を変調が浅いと表現します. 音声信号のレベルを上げていけばもう少し変調を深くすることができそうですが,実際にはLM386を3 Vで駆動している都合上,変調度には限界があります. また,波形が上下非対称になっており,この点は回路の調整が必要です.
さらに,スペクトルアナライザでこのときの周波数領域のスペクトルを観察したところ以下のような信号が確認できました.
この結果から原理編で数式から確認したように,搬送波周波数を中心に左右に2つのサイドバンドが見えることが確認できます. 搬送波とサイドバンドの間隔は変調信号の周波数(=5 kHz)となるはずですが,ややずれています. これがスペアナのせいなのか音源のせいなのか,はたまた製作した回路のせいなのかはよくわかりません. また,変調度が100%の理想的な状態では数式の通り,搬送波とサイドバンドの振幅比は2:1となるため,スペアナの上ではサイドバンドは-6 dBcとなるはずです. しかし実際には-13.5 dBcという結果になっています. この結果からも時間領域の波形でも確認できた通り,変調が浅くなっていることがわかります.
4. おわりに
ここでは振幅変調を中心にアナログ信号を電波に乗せるための変調方式について説明し, 実際にAMの送受信機を設計,製作しました. AMラジオはFMと比べ,大規模な送信設備が必要で,音質も良くないなどもあり,廃止に向けた議論が進んでいます. しかし,AMラジオは周波数も低く,簡単な回路で受信できるということで電子工作の題材としてかなりアリだなと思います. ということでこれを読んだ皆さんも是非作ってみてはいかがでしょうか? 送信機と受信機をセットで作ればAMが停波しても安心です. また,今回はなるべくシンプルな回路構成となるよう設計していますが, AMラジオの受信方式としては直接検波方式の他に再生検波方式やヘテロダイン検波方式などもあります. ラジオとしての実用性を求める人はこれらの方式を用いた方が感度や選択度が高くなるかと思います. (もしかしたら今後このサイトにも載せることがあるかもしれません)
Footnotes:
日本においては電波法第二条で"「電波」とは三百万メガヘルツ以下の周波数の電磁波をいう"と定義されています
元は大学オープンキャンパス向けの資料なので,この文章は高校生くらいの人が読むことを想定して書いています
正弦波といいつつ式は余弦(cos)波ですね,変復調について議論するときはcosを基準に取った方がわかりやすいという事情があります
ディジタル通信だとベースバンド信号(baseband signal)と言うことが多い気がします
実際に作ったところニッポン放送(JOLF)とかなり近くなりました.今回試作した受信機はあまり選択性が高くないので混信する場合がありますが,感度もあまり高くないので室内ではそこまで問題になりません
しかし本来の能力は発揮できていない(フルスイングできない)ようで変調度を上げるべくゲインを上げようとするとすぐに波形が歪みます
大久保忠 ”寺子屋シリーズ(009D),” The Fancy Crazy Zippy(FCZ), No. 39, pp. 8-9, Jun. 1978.
送信機のバーアンテナ2次側はLC共振回路を構成しているためとても電圧が高くなっている場合があります(今回は共振周波数がズレているので10 Vppくらいです)